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Punk&Game

俺の記事を読め! 社会派サブカル悟り世代バラエティーPunk&Game、ごらんのブログで更新中☆

designの訳がデザインになる国におけるデザインの話

チラシのウラ

news.livedoor.com

 前回のエンブレムは盗作騒ぎのせいで有耶無耶になってしまったけど、デザインの善し悪しを語るのは非常に難しい。元デザイナーの立場としては、なんの知識も経験もない一般ピーポーにあーだこーだとボッコボコにされるのは、納得いかないという感情もあるし、お前らに何がわかんねんwってなる。

 この新エンブレムも、地味とか、シンプルでつまらないとか、斬新とか、訴えるものがない、とか散々だ。

 個人的にはこういうシンプルなのは大好きだ。無駄に色が多かったり、飾りが多かったり、グラデーション使いまくってたり、ぼかしを使っていたり、そういう五月蝿いデザインは好きじゃない。チラシやPOPのような安いデザインも好きじゃない。

 

 で、こういうもので困るのは”デザイン的に優れているか”という評価点と”好きか嫌いか””なんとなく良いか悪いか”という評価点がごっちゃになってしまう。評価に素人の声を入れると尚の事。

 デザイン的な面で見れば、構図の作り方やフォント、配色の仕方、選び方。クライアントが伝えたいイメージをきちんと表現、具現化できているのか。全体の空気、雰囲気から伝わるものが伝えたいことと一致しているのか、などなどの評価点がある。

 が。素人が入るとんなこたどうでもよくなる。伝家の宝刀「あたしに伝わってないんだから意味無いじゃん」を抜いてくる。そして最終的には「あたしが好きか嫌いか」という部分でしか判断できないので、三者三様。意見は分かれいつまでたってもまとまらないし、どの案に決定しても誰かが必ず不満に思う。「俺これ好きじゃないのに」って。

 

 デザインには基本があり、それなりにテンプレ的なお約束ってのがある。学生なんかはよくそれを逸脱したがるんだけど、なんだかんだ言って世の中のデザインはチラシは何処のチラシも”チラシっぽい”し、映画のポスターはどれも”映画のポスターっぽい”し、ファッション雑誌はちゃんと”ファッション雑誌っぽい”。チラシが常にチラシっぽく作られた世界では、チラシっぽくないチラシはチラシと認識してもらえないのだ。

 ○○っぽい、っていうのは割りとセオリーがありお約束があるのだが、普段ただ見ているだけの一般人には「何をどうしたら”○○っぽく”」なっているのかがわからない。それも当然。グラフィックデザインをする経験なんて普通の人間にはまず無いから。

 なので、個人的には何かを一から作っていこう、決めていこう、って時にクライアント以外の一般人は結構邪魔なのだ。ぶっちゃけるとクライアントも結構邪魔なのだがw

 クライアントが”○○っぽく”っていったからそういう風に作ったのに、『なんか嫌い』とか『オレ赤が好きなんだよ』の一言で一蹴され、デザイン的には不合理な修正を余儀なくされるのはデザイナーあるある。

 そういう意味では選考に一般人の意見を取り入れてるかどうかは知らないけど、こうやって一般人の意見を引っ張ってきて地味だの訴えるものがないだのってニュース記事を書くのはなんか違うんじゃない?それって友達や同僚や近所のおばさんとする世間話のネタでしょ?

 

 個人的に「みんなにどれがいいか聞く」ってのはリーダーがやってはいけない最大の悪手だと思ってる。民主主義はみんなの意見を聞くことじゃなくて、それ反対ですと言える権利がある事。そしてその意見が必ずしも通るわけではないということ。

 物事を決定する際に一番早くてラクなのは、誰か一人が決めること。そして、その結果を報告し、反論意見があれば聞き、根拠があり改善の余地があるなら改善する。なければ無視してすすめる。リーダーの仕事はみんなの意見を聞いて責任を分散させるんじゃなくて、”決定する”という重役を担い、的はずれな意見を突っぱねる勇気を持つこと。

 

 だから、前回のエンブレム騒動もそうだけど、「関係ない一般人の意見なんて聞くな」ってこと。時間も金も無限になるなら聞けばいいと思うが。

 

 そもそも日本にはdesignという概念が、多分無い。designの日本語訳がデザインとなってしまうように、日本にはそれに相当する言葉がない。

 つまり、日本人にはいまいち理解し難いんじゃないかな、って思う。現に自分も未だにdesginというものがよくわからない。よくわからないからこそ考えて答えを出してみたり、結果を検証してみたりしてる。

 designという言葉はみんなが思ってるよりもずっと深くて広い。洋服の形や色を決めるのもdesignだけど、その生地に何を使用するのか、どういう意図でどういう生地を使用するのか、縫い糸には何を使うのか、どんな縫い糸は不適切なのか、ボタンの位置はほんとうにそこで良いのか、使いやすさを考えるとボタンやポケットの位置はそこでいいのか、等々。それもdesignなのです。

 形あるものだけでなく、形ないものにもdesignがあるのです。

 この世に存在している全ての人工物は、必ず誰かが考えて作ったdesignされた物なのです。

 

 そんなことを考えながら、身の回りのものをよく観察したり、この世の中にあるものを観察すると色々な人の仕事が見えてきます。見えない人はdesign力が足りません修行してきなさいw

 

誰のためのデザイン? 増補・改訂版 ―認知科学者のデザイン原論

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