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見ざる言わざる聞かざる、という生き方

 自分は昔、「世の中に不満があるなら自分を変えろ、それが嫌なら耳と目を閉じ口を塞いで孤独に暮らせ。」というフレーズはしっくり来ていなかった。

というか、何だとコラァ!?ってちょっと思ってたところもあった。

でも最近は、これは真理だなぁ、というかこういう生き方しかもう道は無いのかなぁと思ってきたりしてきた。

 

 自分を変えるのはけっこう大変だが、世間への見方や捉え方を変えるのは案外簡単だ。それをすれば結構簡単お手軽に世の中の違う一面を見ることは出来る。

出来る。が、それはデフォルトでその捉え方や見方、考え方ができていない人間にとっては、常時MP消費してバフ掛けているようなもんで、いつかはMPが切れてバフが消え去るか、MP不足に陥ってどこかで効果がガクンと落ちる。

性格を変えるってのも難しいが、性格が違う人を演じるのは案外簡単だ。でもそれも上記と一緒で、どっかでMPが切れてバフが消える。

 

 そうしたときに、無駄にMP消費して、枯渇したMP必死にごまかして絞り出して死ぬまで生き続けるのって何の意味があるんだろう。どんな価値があるんだろう。

そう思ったら、見ざる言わざる聞かざるという生き方は、自死すら出来ない根性無しで臆病者の無能が取り敢えず痛みを感じずに居るための唯一の方法なんじゃないかなと。

 

 自分を変えろ、って結構簡単に言うけど変わるってのは文字通り変わらないとダメなんだ変態だ。

たとえば肉が好きな人が、肉を口に入れただけで嘔吐するような人になる。それが変わるってことだ。無意識でも今までとは違う行動や思考を取れなければ変わったとはいえない。

他人が変わったようにみえるのは違う人を装ってるからだ。「違う人になる」というバフをMP消費して掛けてるだけ。

自分を変えたことがない人は、そういう人達を見て「人は変われる」とか言ったりする。また、「抑圧されて本当の自分を出せていなかったけど、本当の自分を出せるようになった」ってのを”変わった”って言う人も居る。けどそれは人間としては何も変わってない。

 

 自分は元々、こういう思考の人達が自分を変えられないクソ野郎どもをバカにするために「世の中に不満があるなら自分を変えろ、それが嫌なら耳と目を閉じ口を塞いで孤独に暮らせ。」と言っているのだと思っていた。だから気に食わなかった。

でも実際にどうかは別として、人生30年近く、色々と回り道して転げ落ちて這い上がって殴られて刺されて踏ん張って諦めて逃げて生きてきたけど、同じようなゴールに辿り着いてちょっとおもしろいな、って感じた。

まぁ結局は”死ね。死ねないならほぼ死んでろ”というだけなんだけども。

 

 結局、誰かが自分を必要としてくれている!とか、自分には何かを成し遂げることが出来る!とか、そんなもん幻想夢幻なのであって、存在に何の価値もない個体にこの社会に”生きる”場所は無く、死ぬか、ほぼ死んでる状態しか選択肢はないんだなぁと。

 

 

 誰かに煽られたり、エゴサーチして会心の一撃を何発も食らったり、ちょっとした発言で想像以上に叩かれまくったり、存在に何の価値もないクソみてーな個体は何をしても殴られるんであれば、何も見ず、何も言わず、何も聞かない。

その生き方が一番痛くない。

 

 が、こんなこと書いてる時点で出来てないわけだから、本当にそうして生きていくのもまた難しい。

そこまで社会を斬り捨てられない未練がましい自分だけど、「こういう生き方が一番お前にあってるぜ?」ってすぐ隣でチラチラ言われてるけど、まだ少し抵抗してみる。

そしてボッコボコにされてここに戻ってくるのが目に見えている、が、もう少し抵抗してみる。