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若者よ!選挙へ行け!は多分違う

 最近、人生で初めて立候補した当の本人や、前そのポジションの人、元そのポジションの人、その彼らを支持する人(現在や過去に何かしらのポジション)、その彼らを支持する人(一般人)達を目の当たりにして思ったのだが。

 

若者よ選挙へ行け。若年層の総票数が政治家をビビらせる。

とか言うのは多分違うんだと肌で感じた。

立候補者はある日突然「僕議員になります!」って言ってズブの素人が立候補するわけではない。まぁそういうパターンの人間もいるんだろうけど、そういう人は実力も人脈もないので当たり前だけど落ちる。

立候補者は皆、何かしらのことを行っており、何かしらの実績があり、何かしらのポジションに付いており、そして多くの人間に支持され支援されている。”既に”。

そういう人が何人か集まって選挙になる。ということはつまり、立候補する時点でそれなりに票を入れてくれる人というのがある程度定まっているのだ。あとは、ちゃんと面倒臭がらずに投票言ってくださいねお願いしますね、という念押しをしに行くだけ。

選挙カーも結局名前しか言わなくて何か意味があるのかよ、って思ってたけど、こういう背景を目の当たりにすると、あぁそういうことだったのか、とわかる。

 

 何がいいたいのかと言うと、選挙というのは既に内輪、というか関わりのある人達同士がやっていることなのである。立候補者も投票者も。

立候補者のことがよくわからないとか、誰に投票すればいいかわからない、って言う人間は正直言ってまるっきり外野なのだ。

投票に行く人は知っている。立候補者を。会ったことない、ってパターンももしかしたらあるのかも知れないけど、その人が当選したら自分に関わりのある何かがこう変わる、こっちの人だとこうなる、というのを知っている。だから投票に行くし、誰に票を投じればいいかわかる。

ところが、外野の人間はそうは行かない。社会が行け行けというからなんとなくの印象で投票する。そんな票に意味はないし影響力も特にない。全体の底上げはするだろうが、誰かを受からせたり、また逆に誰かを落とす力はない。

味方につけることができれば強いのかも知れないが、それは上手くは行かない。なぜなら利害が一致しないから。そして自分を落とすほどの影響力もない。例え誰か独りのイメージ戦略がうますぎてその人に票が集まるなんてことはないから。そんなのは芸能人が立候補したときくらいだ。

そうなってくると。この外野達に関わるだけ無駄なのである。味方にもならないし脅威でもない。そんなのに気を遣うよりも自分の周囲の人達との関係を強固にしたほうが確実に票につながる。

ということは、若年層がいくら投票に行ったところで、選挙への影響は少ないのである。

 

 じゃあどうすんのよって話だが、若年層は投票なんてしてないで立候補しろ、というのが一番いいと思う。何故、今現在権力を握っている爺さんたちに頼るの?

「お願い俺たちのことも気にしておくれ」ってお願いしなきゃいけないの?

「俺たちのことは俺達がやる」の方が良いと思うよ。寿命的なことも考えると。

 

 選挙に行こうよ!って積極的に発信してる人達いるけど、個人が有象無象を動かすのは無理だよ。社会に不満があるなら自分を変えろ、だよ。

立候補して演説台で「若い皆選挙行こうよ!」って言いなよ。

 

映画「ニート選挙」

映画「ニート選挙」