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他人志向性の危険

【眼光紙背】taspoと弱者問題

毎回これでもかというくらいコメント欄から批判の嵐を浴びる赤木氏の眼光紙背。

今回はこの赤木氏ではなく、コメを書く人たちについてちょっとヒトコト。



赤木氏の記事をちょっとさかのぼってみて見ればわかるんだけど、この人は極論や軽くトンデモな記事を書く人。まぁ、たまに明らかにおかしいことを言っている事はあれ、大筋では赤木氏の記事は現代社会において、いい問題提起になると俺は思っていたりする。

だが。ここにコメを書く人たちはそうでもないらしい。というか、「赤木氏が嫌いだから批判的な文章を書いている」みたいなスタンスが感じ取れる人が結構居る。
別に好き嫌いに関してどうこう言うつもりは無いけど、そのせいで自分の目を曇らせて、揚げ足を取るみたいな批判コメを書いたり、行間を読み取れなかったりするのは間違っているんじゃないの?


そして、最近思うのが、今の日本人って「少数派を殺そうとしてないか?」ってこと。
本当に右向け右で、みんな一緒じゃないときが済まない。ろくに知りもしないが、他人が批判しているから自分も批判。他人が賛成しているから自分も賛成。そんなくだらない社会になってると思う。
とはいっても、もともと日本人がそういう気質を持っているから、もしかしたらこれが日本の本当の姿なのかもな。くだらねぇ。

そういえばこんな記事もあった。
また「魔女狩り」の時代がやってきた!!
まぁ、この記事は例のチョイスをミスっているが、注目していただきたいのはココ。

「魔女狩りの根底にあるのは社会学でいう『他人志向性』です。これは隣人がクルマを買えば自分も買う、ペットを飼えば自分も飼い始めるというように常に他人ばかりを見てしまう心理。いまの日本はこの風潮が強まっています。ベストセラー本のバカ売れはそのいい例。その本が読みたいのではなく、他人が読んでいる本の内容が気になるから売れているのです」

負け組勝ち組なんて考え方もこっから来ていたりする。他人と比較する事ばかりに注力し、己を軽んじている。

この他人志向性。流行なんかはこれを利用して儲けているいいパターン。
なんか、一時期「個性」を連呼していたわりには、今の日本人は他人と違うという事を極端に恐れている気がする。
ゲームとかもそう。360なんか「こんな面白いものが何故売れない?」と散々言われている機体ですよ。でも世間はwii。みんなが持ってるから。つまんないねぇ。日本でPunkが受け入れられない訳だ。


最初の眼光紙背の件もこれと似た様なもんだと思う。そして、批判する事にとらわれて、その記事が何を言いたいのかってことを完全に見失ってる。
そういう上っ面しか見る事が出来ない人間も、今は相当増えてると思う。
しかも、歳食ってる人間ですらそうなんだから、もう救いようが無い。


たとえば、Aという意見があるとする。そしてそれは大半の人間が賛成していたとする。そこにBという反対意見が出た場合、今の世の中はそれを考えもせず潰してしまう。たとえBが間違った意見だったとしても、その意見をちゃんと聞き、Aという意見をよりよいものにすると言う考え方は出来ないのか。
反対意見が出るという事は、そこに何かしらの不備が存在している可能性が高い。つまりAを完璧なものにする為にはとても有益な意見のはずが、現代ではそれを一蹴してしまう。そこに危険性を感じる。
つまり、強いものがAと言ったらAになってしまう世の中だという事。例え外野がなんと言おうと、AをAのまま通してしまう。そんな社会が素晴らしいものになる訳が無い。所詮力のある奴らに取って都合のいい社会しか出来ない。
そんな日本でいいのかと、本気で思う。



批判を批判としてとらえる事が出来ず、批判と中傷の区別もつかず、他人の意見に耳を傾けない。コミュニケーション能力の低下というよりはこれはただのワガママだろ。


日本人の民度もたかが知れている。