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意見を撤回するということ

しっぽさんのところで面白い記事があったので便乗。


議論において、意見を撤回しないということはそれ即ち「他人の意見を聞く気が無い」「自分は常に正しい」と思っていることと同義なんじゃないかと思う。
議論というのは、様々な意見を交換し、最終的に誰かの意見あるいは誰かの意見+αに着地するものだと思う。つまり、誰かが折れないと議論は一生終わらないということ。

といっても。持論を持つのは大切だし必要。各々の持論が無ければ議論すら出来ないしね。折れるというのも、妥協ではなく、「こうした方がいいからこうしよう」「うん、それがいいね」「いや、こっちの方がもっといい」「あ、そうだね。それ決定」という全員が納得する形の“折れる”という意味。

議論というのは勝負じゃない。誰かが勝てばいいというもんでもない。言い換えれば、「各持論のブラッシュアップと取捨択一」だと思う。そうすることで、より中身のある議論になり、結論も、よりクオリティの高いものとなる。そういう意味で、意見を撤回しないということは、それにより出てくる結論は独りよがりのものになるし、クオリティもそれ以上上がることが無い。そういう意味で撤回しないのは非常に危険なんじゃないかなと。
…危険というより機会損失かな。損益という方がしっくり来るかな。



そんなところかなぁ。

ってか、書いててふと思ったんだけど、これって当たり前のことじゃないのかな?わざわざ記事にするようなことなんだろうか?
といってもねぇ。世の中、学生レベルのスケジュール組みで仕事してる人いっぱいいるからな。こういう当たり前が記事になる時代なんだろうかね。

学生時代は、「こんなめちゃくちゃなスケジュール組みなんて社会人はやってないんだろうな」とか「意見が二転三転するなんて社会じゃあり得ないだろうなぁ」なんて思って社会に出てきたけど、案外そうでもないから困る。
スケジュールなんてあくまで予定だし、ずれるのも別にしょうがないとは思うけど、それを何処か一つ(末端)が何とかするという仕組みで動いてるのが気に食わない。スケジュールが遅れる原因はほぼ全てにある訳で、その遅れた原因を作った元凶が何もせず、末端の人間だけがそのしわ寄せを食らって苦労してるってのがちょっとおかしい。客だかなんだか知らないけど、そういうやり方してるとマジで誰か死ぬし、そういうやり方が常習化すると会社的にも利益にならんし。
意見の二転三転もしょっちゅうだよなぁ。リーダーとかまとめ役がいないんだろうか?基本的に、何かをやるときは“全てを決めるリーダー”と“その他大勢”の組み合わせが一番上手く行く。当然、リーダーと言えど人間。ミスもするだろうし判断ミスもするだろう。そこを「リーダー、それ間違ってますよ」というのがみんなの役割でもあると思うんだけど。民主主義ってのは“みんなで決めること”じゃなくて“反対意見を言えること”っていう意味。
例えば、リーダーが「ここはAだ!」と言った場合、「いやいや、Aだとまずい。ここはA’かBで行くべきだ」というのが民主主義。けど日本はどちらかと言うと、「ここはAでいく?Bでいく?Cでいく?」「うーん、どうしようかなぁ」「うーん」となってしまってる気がする。それは結構な損益だし、時間の無駄でもあるし、利益のことを考えるなら絶対やっちゃいけないんだけどねぇ。
そういう観点からも、意見を撤回しない人がリーダーなんかになっちゃったりすると大変なんだよねぇ。当然だけど“反対意見を聞くこと”も民主主義なんだよね。



ま、頭の固い人間と、無駄の多い仕事が無くなれば経済活性するんじゃね?とか思ったり思わなかったり。