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Punk&Game

俺の記事を読め! 社会派サブカル悟り世代バラエティーPunk&Game、ごらんのブログで更新中☆

インターネットは便利である

インターネットってちゃんと考えてみるとすごい便利なものだと思う。夕ご飯のレシピからショッピングや娯楽、勉強にも使える。これらネット上に上がっている情報を紙媒体にしたら図書館一館分では到底足りない情報がパソコン一台、下手したら携帯一台で閲覧することが出来る。しかも検索も簡単。


そういった“便利”ということだけを追求すれば今の世の中はもっともっと便利に快適になるはずだ。


出版社が早急に実現すべき電子教科書とはfrom My Life in MIT Sloan


この教科書に限ったことではないんだけど、いろいろなものをネットにつなげるだけで随分便利になると俺は思うんだ。

たとえば、テレビ。初めてGyaoを見た時、頭にはいるCMがすげーうぜーと思ったのと同時に、映像のすぐ隣にバナーが張ってあることに衝撃を受けたのを覚えている。興味のないCMだったらあんまり意味無いかもしれないけど、提供するコンテンツの内容からターゲットを絞り込むことはそう難しくは無いと思うし、アマゾンの「コレを買った人はこれも買っています」システムを映像とくっつけたら相当な広告効果を得られると思う。提供するコンテンツのジャンルから、そこから派生するであろう映像コンテンツを提案することだけでなく、そういった映像を好んでみる人に対しての映像以外のモノを提案するだけで、ただ単純に垂れ流しているだけのテレビなんかよりもよっぽど効果のある広告を打てると思う。
テレビCMは8割方興味のない映像ばかりだが、それが8割方興味のある映像だったらどうだろう?そして興味を持ったらすぐさまそのHPに簡単にいけたらどうだろう?これってすごいことじゃない?テレビって雑誌のように放送している番組のジャンルやターゲットを明確に絞ることが難しい。そのために、どんなメディアより多くの人間の目に留めることが出来る反面、ターゲットをスカすことが多く、内容によっては費用と効果がつりあわない場合があると思う。だがコレはどうだ。ターゲットを絞るのもテレビより容易だし、そこから横に繋がる興味も引き出しやすい。視聴履歴などをデータとして保持できればその効果は更に上がる。
ぶっちゃけこれだけ効果がありそうな広告って中々無いと思う。けど、これってそんなに普及してない。そもそも気づいていないのか、面倒だからやらないのかあまり力を入れていないように思う。こういう視聴者にあわせた広告ってユーザーにも利点があるし、効果的な広告を安価で打てるから企業にとっても利点はあるはず。なのにやらない。そういうところがこの日本の不思議なところである。

リンク先の教科書の件もそうだ。たしかに理科や化学の教科書に映像とかがついたらもっと理解できるだろうし、英語の教科書で文法とかをその場で出してくれたら大分便利だ。そういう些細なことで、勉強に対する苦手意識を少しでも取れるなら子供の学力アップだって夢じゃない。確かに、簡単に色んな情報を手に入れられるために子供が怠ける可能性があるかもしれないが、勉強が楽しさを見出してくれるという利点を考えればそんなもん些細なことだろう。逆にそれが子供に更なる知識を与えてくれるものでもあるんだから。



電子書籍を“出版社”が嫌がる理由がよくわからん。へんな言い方だが、ちょっと気合を入れれば印刷屋や運送屋、本屋が今まで得ていた利益を自分達だけのものにできるかもしれないのに。製版データだってどうせイラレクォークインデザインでしょ?簡単にPDFとかに出来るじゃないか。問題はセキュリティというかDRMくらいでしょ。
本を新しく出版するのに多額のお金を賭して本を印刷する必要は無いし、ネットにアップすれば運送屋に払うお金も要らない。ユーザーだって端末ひとつに何十冊何百冊と貯めることができて省スペースになり便利だろう。せっかく良いコンテンツを生み出せる人間をこのまま腐らせるのももったいない。

ただ、本の媒体を紙からデータに変えるだけでアイデア次第で出来ることは無限に増える。利便性も上がる。当然ユーザーも増えれば利益も上がる。なのにやらない。よくわからん。オレにはわからない利権とか利益とか損益とかなんかそういう面倒くさいものが絡んでいるんだろうけど。



どこでもいいからさ。そういうの度外視して単純に“便利さ”だけを追求していける企業が一つでもあれば、おそらくそこが一人勝ちできるだろう。最初は厳しいかもしれないが、長い目で見ればそう悪い話じゃないはず。



需要があっての利益。そこに埋もれている需要を見逃すなんてもったいないじゃないか。ノウハウが無い人間がやったってどうせ成功しない。今もっている力をちょっと別の方向にも向けてみる必要があると思う。もちろん、出版社だけでなくすべての企業で。


いまはそういう時代なんじゃないかなと俺は思うわけです。










どうでもいんだけどさ。簡単にコピーも出来るし、どの端末からも閲覧できるけど、ネットにはアップできないファイルって作れないものかな?データ化することによる不利益って、簡単に不特定多数の人間にばら撒けるってことなんじゃないかな。
ぶっちゃけ、本もCDも雑誌もジャンプも友達に貸すでしょ?友達から借りるでしょ?そういう部分が今まで出来ていたのに出来なくなるのは不便。だが、簡単にコピーできるようにしてネットにアップされるのは困る。でも簡単にコピーできないということは友達に貸したくても貸せないし、借りれない。だから、不特定多数にばら撒かれないようなセキュリティだけかければ良いんじゃないかって思った。

CDは買った人の家のコンポじゃないと再生できないのか?本や雑誌は買った人意外字が読めないようになってるのか?違うでしょ。でもデータコンテンツはそうなんだよ。それは違うでしょ。こういう個人単位での複製やら貸し借りなんて昔からあるんだよ。そこまで規制しようとするから不便になるし、面倒にもナル。

そういう部分をね「いや、だって便利じゃん」のヒトコトで一蹴しちゃう人ってのが今の時代に必要な気がするって言う、ただそれだけなのさ。