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Punk&Game

俺の記事を読め! 社会派サブカル悟り世代バラエティーPunk&Game、ごらんのブログで更新中☆

エホバの証人とか

いつからだったかなぁ。幼稚園の頃はすでに行っていたような気がする。
どういう経緯かは知らないけど母親が一時期ハマってしまってね。姉共々週に2,3回ある集会に連れていかれ、たまに奉仕活動とか言って知らない人の家に突撃して布教活動やらされたわ。
当時は本当に子供だったのと、大人になった今はじめてもちゃんと理解できるかどうかわからないくらいの内容だった気がするので、集会や大会などで誰かが壇上に上がって話す内容はこれっぽっちも理解できなかった。当然、そんなのが面白いわけもなく。それくらいの年齢なら黙ってじっとしていることが難しいってこともあって、集会へ行きたがらなかったり、集会の最中にゴソゴソと手いたずらしてたりするとメチャクチャ怒られたもんだ。
集会は結構早い時間とかにやってて、学校終わったら急いで風呂入って飯食って出掛けて、って感じだったから行かなくなるようになるまでまともに友だちと遊んだこともなかった。まぁ、そのへんは俺の性格も原因の一つとしてあるだろうけど、集会いくから遊べないとずいぶん誘いを断った覚えがある。
なんだかんだで、小学校5年生くらいまで行っていて、どういう理由かはわからないけど、母親が行かなくなってそいうして俺らもエホバの証人から離れることになった。
姉貴はグレて、俺はネクラオタクに。エホバの証人が原因かどうかは微妙なところだけど、グレる姉貴を見て「まぁ当然の反応だよなぁ」と思ったのを覚えている。反抗期と今までのストレスが合わさっちゃったのかなぁ。家には帰らないし、帰った来たら帰ってきたで親と喧嘩ばっかり。俺はそういう姉貴を見てたからなのか反抗期という反抗期は無く、どっちかっていうと家の中では姉貴ひとりが浮いているような状態になり、それがまぁ今現段階でも続いているわけだけれども。
俺が家を出て、それから3人になった実家がどういう毎日を過ごしているのかはわからないけど、個人的には真っ先に家をでていくだろうと思っていた姉貴が今でも実家にいるのがなんか不思議ではある。なんとなく和解してるんだろうか。
そういえば親父はこういうのが大嫌いらしく、最後まで反対派の姿勢をとっていた。このことで母親と喧嘩していたこともしょっちゅうあった。そう考えるとエホバの証人が我が家にもたらした物はマイナスな要素ばかりだった気がする。実際、エホバの証人やめたあとの我が家はこれといった衝突もなく、平穏な暮らしをしていたと思う。姉貴関連を除いてはw

禁則事項とかも結構あったなぁ。クリスマスとか誕生日祝ったりってのが駄目だったから、誕生日プレゼントもらったこと無いし、友達の誕生日会とかにいったこともない。クリスマスにおもちゃ買ってもらった記憶もない。サンタを信じる信じない以前に、枕元にプレゼントがおいてあったことなんて一度もなかったわ。
校歌や国家を歌わなくて、周りから変なふうに言われたこともあるし。ひとりだけ周りと違うことしてるあの嫌な感じは二度としたくない。


今思うと、エホバの証人のために費やした時間は何のためにもならなかったなぁと、俺は思う。もうちょっと歳がいっていて、高校生位から始めたのなら得られる何かもあったのかもしれないけど、鼻水たらしてバッタやザリガニを追いかけていた小僧にエホバの証人の教えは難しすぎた。
その時間を使って作れた友情もあるだろうし、その時間を使って外で友達と遊んでいれば俺の運動音痴はもう少しマシな状態になっていたかもしれない。もっと別な友達がいたかもしれない。俺にも反抗期が来たかもしれない。俺もグレてたかもしれない。そう思うと、エホバの証人なんかやってなければなぁ…とたまに思うことがあったりする。
リンク先のコメント欄にもあったが「教義に従うかどうかは18禁にしたほうがいいと思う。」ってのはもっともだなと思う。自分で考えて判断した上で、やるかやらないか決めるなら文句は言わないが、そういった判断をくだすことが出来ない子供を無理やり連れて行って、その子の時間を奪うのは罪だと俺は思う。


それにしても、この件でも子持ちの友達でもそうだけど、育児のストレスって相当なものなんだなって思った。俺らが小さいころの母ちゃんは確かにおかしかった。宗教とかそういう何かにハマってもおかしくないって今なら思える気がする。そういうのを旦那が気づいてフォロー出来れば一番いいんだろうけどね。難しいのかなぁ。親父はできてなかったからな。
宗教っていうのが、そういう部分を補ってくれるのなら別にそれはそれで役に立っているからいいとは思うんだけど、問題なのは宗教そのものを盲信してしまうことなんだよね。論理的思考が出来ないというか神に従っていれば大丈夫みたいな、自分で考えることを放棄しちゃってる人が多い。人生なんてどんなにつらいことがあったとしても、自分で考えて自分で行動しなきゃ根本的なことは何も解決しない。宗教はそれから逃げているだけ。嫌なことから逃げて、周りを見ないようにして、被ダメを最小限に抑えて小さく息してうずくまって生きてるだけ。一時的にはいいかもしれないけど、そんな事じゃ人として成長できない。ピーマン嫌いだから一生食べないっていっているようなもん。やってることが子どもと一緒。それを大人の理屈で正当化しているだけ。やっぱり甘えだよ、宗教は。


俺がエホバの証人やってて教えられたことは、神なんているかいないかわからないものに祈ってる暇があったら、自分を強くする努力をしろってこと。宗教の無意味さを教えてもらった。





なんか長々書いたが、コメ欄にも2世いっぱいいるけど、幼少時代にこんなところに連れていかれなければ、こんなところにウジウジ書き込みなんてしてないんだろうなぁって思うと、なんていうか痛いよな。引いちゃうよな。
こうしてまた2世は世間から一歩引かれるのであった。