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Punk&Game

俺の記事を読め! 社会派サブカル悟り世代バラエティーPunk&Game、ごらんのブログで更新中☆

本を読んでいても何が大事なのかわからないのか。

月に本を何冊読む? 約半数が「1冊も読まない」の衝撃

「本の要約サイト flierフライヤー」が忙しい現代人のニーズにマッチ 急増する利用者



約半数の人が月に1冊も本を読まない、と驚く記事がある一方。
忙しくて本を読んでいる時間がない現代人向けに、本の要約サービスの利用者が急増しているとのこと。


なんつーか、偶然なのか、この2つが同時に存在しているのが可笑しくてしょうがない。



というか、こういう所で言うところの”本”って一体なんなんだろうか。
正直、小説しか読まない人が「あたし本読んでるよ」って言うのは違うんだろ?
俺も小説くらいしか読まないから、間違っても「本読んでます」とは言えない。恥ずかしいから。
自己啓発本とか、こうしたら儲かるっていう本とか、ビジネスノウハウ本とかのことを”本”と言うんだろうか。

正直な話、その手の本って好きじゃないんだよね。その手の本を読んでる人もあんまり好きじゃない。
もうちょっと自分の頭で考えたら?って思っちゃうから。

努力はみんなしている。その中で力があったり、運が良かったり、人としての魅力があったり、はたまた全て持ち合わせていたりと、そういう本を書いている人っていうのは、そういう数多の挑戦者がふるいにかけられ、結果として残ることが出来た人なんだろうけどさ。
そんな人と自分を比較してどうすんのよ。そんな人の話を聞いてどうすんのよ。
いやね。自分の強運は誰にも負けないとか、友達の数では誰にも負けないとか、何かの技術や知識なら誰にも負けないとか、そういう他人より明らかに優っている能力をお持ちであれば十分参考になるんだろうけどさ。
そんな奴がそうホイホイ居るわけ無いじゃん。しかも、そういう本に興味を持っている時点で何も持ってないじゃん?あんたは。
それなのに、「俺は月に○冊本を読んでいる」って、読んでいる冊数を自慢してるような、それを誇りにしているような人って、結局何もしてないのと一緒じゃね?と思っちゃうんだよねぇ。


そんなことよりもさ。○○をやったら○○人もの人が集まったよ!とか、俺の動画が再生数○○万再生行ったよ!とか、そういう何らかの行動に対して出てきた結果、数字を誇る人のほうがよっぽど偉いと思うんだけどな。




何が言いたいのかって言うとさ。

「本を読むという行為」を評価するような人は嫌ですね、って話だよ。
大事なのはその先、いや、その先の先くらいか?