昔は逆だった。と言ってもほんの5年前くらいの話だが。今ではそれが逆転した。
それ自体はどうでもいいのだが、俺は”スマホ用WEBページ”というのがスマホが出始めた当初から嫌いだ。
スマホの画面で見やすいように掲載する情報量を減らしまくったアレだ。iモード用WEBページの時代から大嫌いだったのだ。
スマホが出た当初「これで出先でもPC用WEBページが見られるじゃねーかやべーすげーチョー便利!!」とか思っていたのだが、世間はiモードを継承する形になってしまったようだ。
スマホの利点はまさしくこれだと思っていたのだが、この流れは一向にこない。なぜなのだろうと思ったのだが、多分きっとみんな”PC用WEBページ”に馴染みがないと言うか、それを知らないんじゃないだろうかとふと思った。
ブラウジングのスマホユーザーとPCユーザーが逆転したのではなく、PCユーザーが2割程度になるほど「スマホユーザーが新規で増えた」のだ。
前は10人:2人だったのが、10人:50人になったんだと思う。だからわからないんだろう。「うわぁなんでこんなにスクロールさせんだよ面倒くさいなぁ…何回タップしなきゃ情報出てこねーんだよ…一画面にもっと色々情報載せろよ…」っていうことをそもそも思わないんだ。直前まで使っていたのがiモードだから。
で。これも正直まぁどうでもいいんだわ。俺はPCでブラウジングすればいいだけの話だから。「お前らよくそんなクソ使えねーWEBページなんぞ見てるなぁ…」って思ってればいいだけの話だから。
でもふと気づいたことがあって、最近ネットニュースとか見出ししか見てないで頓珍漢なコメントするやつとか居るじゃない?
あれって、これが原因なのかなって。
新聞だって結局は見出ししか読んではいないけど、本文も一緒に視界には入ってくる。全部ちゃんと読まなくてもなんとなく内容も見出しと一緒に頭に入ってくる。
PCでのブラウジングも、新聞にはかなわないけどちらっと本文を見れたりする。読まなくても。
でもスマホはどうだろうか。あの”スマホ用WEBページ”には文字通り「見出し以上の情報はない」んだ。
だからそれしか見ない。
そして”それしか見れない”からニュース各社は見出しに力を入れる。そしてそれは知っての通り、必ずしも正しく正確な見出しではない場合も多々ある。
昨今はSNSでの発信が当たり前になった。ニュースに一般人がコメントするのも当たり前になった。
でも結局コレなのである。8割がこういう情報の入れ方をしている人が書くコメントなのである。
それってなにか価値あるの?
昔ライブドアニュースにコメントが付けられる機能があった。それこそ10年くらい前の話だ。
俺はそこからニュースにコメントをつけること、ついたコメントを読むことが好きになった。楽しかった。
自分はAと感じた。でも他の人はBだったりCだったりZだったりという感じ方をしている。その違いが面白かった。その違いを知ることが有益だった。
でも今はどうだろうか。
今でもその面白さはあるのだろうか。いやない。
著名人だとか企業垢ですら頓珍漢なことを言う時代だ。
”誰が”言ったか、に興味はない。
”何を”言ったか、に非常に興味があるのだが、その欲求を満たすにはとにかく情報を集めて、それを選別し、8割以上捨てる、ということをしなければならない。
それってめちゃくちゃコスパ悪くね?バカジャネーノ?
SNSに取って代わる次の仕組みができるまで、俺はまた自分の考えを貯めておくフェーズに移らないとだめなようだ。