Goin'にMy Way.

俺の記事を読め!すべての内向型人間に贈る社会派サブカル悟り世代バラエティーコラムGoin'にMy Way、ごらんのブログで更新中☆

視点は高く、意志は己で創り出せ

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 この一件に関してなんとも言えない感覚があるので少し書こうと思う。

記事自体ではなく、はてぶのリンクを貼っているので何が問題でどういう意見が出ているのかはわかりやすいだろうと思う。

 

 で、個人的には「芸術なんてそういうものでしょ」というのが素直な感覚。仮に何も知らないでこの人の講義を受けたとしても「うわ~マジカヨあいつ頭おかしいわ。さすが芸術家…」って思うだろうし、そもそも当の本人のツイートを見る限りでは、そういう感想を持つってちゃんと講義聞いたんか?っていう感想すら持つ。

 

だが、確かに「調べてから行けよ」ってのもなんか違うと思うし、社会人向けとは言え仮にも大学の講義で「この講義はこれこれこういう講師がこんなお話をしてくれますよ」なんてご丁寧にすべての講義に対して注釈をつけるのも違うと思う。お前ら学びに来てるんとちゃうんか、と。

 

今の社会的には後者の対応がおそらくは是となるだろう。そして芸術に限らず様々なジャンルにおいて、「前置き」はさらに重要度を増すだろう。

まぁサービス業接客業におけるクレーマー対策の為の過剰接客と一緒ですな。

 

 マジョリティとマイノリティは一定のように見えて実は常に中身がじわじわと変化している。時代やその時の人間の考え方や価値観において。最終的(厳密に言えば最後などないが)には中身がごっそり入れ替わっていることすらある。

今の段階では、今までは「それくらい調べとけやww」がマジョリティだったが、「は?先に言っとけよ馬鹿か?」がこれからはマジョリティになる。前者は既にマイノリティに片足を突っ込んでいる。でなければこのように話題になどなりはしない。

 

 まぁ、この点においては、時代と共に不変な物であってもマジョリティである時あればマイノリティである時もある、と言う話でした。

 

 

 で、それじゃあ我々個人はこれら変容していく世界の価値観や考え方に対してどう構えておかねばならないのか、というのがこれから書く本題。

結論から言えば、世界をもっと客観的に俯瞰的に見る。だ。

 

善悪の彼岸という言葉がある。彼岸というのは簡単に言えば向こう側、それを超えた先、だ。善悪に関して「我が善だ」「いやお前が悪だ」とどちらが善悪かと考え言い合っているうちはまだ善悪にとらわれている。人はそれを包み込んだ上でその先へ行かなければならない。

と書くとなんだかアレだが、有り体に言えば「正義の反対はまた違う正義だ」ってやつ。ゲームや漫画などでは割とよく見るやつ。ただ少し違うのは、それを踏まえた(つまり正義とは己の立ち位置や味方で以下用にも変わる)上で「絶対的に正しいことなどこの世に存在しない」ということ。

正義、もっと分解して正しいこと、などこの世には存在しないのではないか。皆誰もが”自分”が見た風景、自分というフィルターを通した世界、を基準に風景や世界を語っている。そしてそれは正しいと皆思っている。だから結局「俺が正しい。これこれこういう理由で俺が正しい」を言い合っているだけになってしまう。

だからこそ、その事象やその人達を見るのではなく、そういう人達が沢山いる世界で起こった事象、と言ったように物事を包括的に、宇宙から地球を見るかのようにすべてを観測し理解し飲み込み、そして”自分の”答えや考えを導き出すこと。それが大事だ。

そうすることにより、世間ではこうだ、とか、社会はこうなっているとか、他者や自分の置かれている環境なんてものでは自分は揺らがなくなる。

 

 船で例えるなら、自身が推進力を有していれば風の有無や風の強さ、帆の向きなどを気にする必要はなくなるということだ。

自分で食事を用意できるなら、「お腹空いたお母さんご飯まだ!?」って不機嫌になることもないのだ。

 

ゼノサーガ エピソード2 善悪の彼岸〈上〉 (ファミ通文庫)

ゼノサーガ エピソード2 善悪の彼岸〈上〉 (ファミ通文庫)

 

 

与えることが出来ない人間には友達も恋人も居ない。

 今年の目標は「与える」にした。

今年の、というかこれから何かを発信する上での目標として、どんなに些細なことでもどんなに対象者が少ないことでも、何かしら役に立つこととして発信することを目標とする。

 

 自分の中では時事問題や、何か楽しいことがあった時、自分の中で考え方が変わった時、これ面白いんじゃね?と思った時、などなどブログに限らずいくつかの面で発信をしていた。

ただ正直それはずーっとなんとなくやっていたことで、一応他人が見られるようなものにはしているつもりだが、それ以上のものではなかった。

なので、これからはそれにプラスアルファとして「役に立つ」ということを付加していく。

こんなことを書きたい!と思った時に一呼吸おき、これ役に立つか?と問いかける。これを役に立たせるにはどうしたら良いか?を問いかける。そうして発信をしていこうというわけだ。

 

 

 じゃあ、この記事が一体何の役に立つのよ?と言う話だが、これは回り回ってアクセスアップや、人間としての存在価値の向上に、程度がどれほどかは知らんが役に立つはずだ。

まぁ正直それなりに真面目な話として。何かをやっている以上はPVや視聴回数などが気になるだろう。そして少しでも多くの”数字”になってほしいと思っているはずだ。

そのためには自身が「与えられる人」でなくてはならない。それは楽しさかもしれないし、ハウツーかもしれない。豆知識かもしれないし、新しい視点かもしれない。

また、人間として成長するためには他者に「与えること」が必要不可欠であるからだ。おそらく友人が少なかったり、恋人が居ないとかそういった類の人たちは、おおよそこれが足りなかったはずだ。かく言う自分ももちろんそうだ。

 

 まず「何故自分が与えなければいけないんだ」と言う考えを捨てなくてはいけない。与える人の周りには自然と人が集まり、集まってきたうちの誰かがあなたに何かを与えてくれるだろう。

つまり、与えるという行為は「自分と相手」という二者だけでなく、「自分と相手と色んな人達」という無限に広がる人間とのつながりを作る唯一の方法なのだ。

まぁ美男美女や金持ちと言った要素でも、いい悪いは別として他者とのつながりを無限に広げることは出来るが、ここを読んでいるくらいだからそういった特殊なものは持ち合わせていない平凡な一般人だろうという前提での話だ。

 

 ということで、些細なことでもいいので与える人になろう。そうしていくと、与えるためには今の知識じゃ足りないな、とか自分の足りないところが見えてくる。

そしてその足りない部分を補い、さらに質の高い”与え”を行えるようになることによって人間としても成長するし、周囲の評価も上がってくるだろう。

知り合いでも友達でも同僚でも、なんだったら全く知らない人でもいい。手を貸してあげる、道を教えてあげる、落とし物を拾ってあげる、そんな些細なことから他者を助ける、他者に与えられる人間になろう。

 

そうすれば自然と自分含めてみんなハッピーになるんだと、30歳超えてようやく気づいたよ。

 

 

主体的である -習慣訓練-

www.kawauchisyun.com

 この人の目的はなんだろうか。家事育児は大変だということを多くの人に知ってもらいたい?

じゃあ知ってもらったらどうするの?知ってもらってそれで終わり?そこがゴール?

だとしたらそれはもう達成しているんじゃないだろうか。

おそらく男女関係なく知識としては「家事は大変」ってみんなもう知ってる。

 

え?実体験として理解していないじゃないかって?

うんそうだけど、じゃあ世間の分かってない連中に何をさせたいわけ?

家事を実際に体験してもらいたいんだよね?で、実際にやってみた上で「こんなに大変だったのかよ知らなかったわ…」って心底思ってほしいんだよね。

じゃあそのアプローチの仕方で合ってるのかな?

今やってることって子供にただ「勉強しなさい」って言うだけなのと一緒じゃない?

部下に「数字出せ」としか言わないのと一緒じゃない?

 

現状のやり方だと”ただ言いたいことを言うだけ→反発される→思い通りに行かないなんでわからないんだムキー→最初に戻る”のループで単に自分にストレスとフラストレーション貯めるだけじゃね?

 

塾の先生、スポーツのトレーナーやインストラクター。彼らが教え子に教えている様子を想像してみてほしい。

教え子が教えたことを上手く理解していないようだ。教えたことを上手く出来ていないようだ。

この状況、普通なら「教え方が悪いんじゃないの?」って思わない?そりゃそうだよね。”わからない人に教えているんだから”

 

ということは?この人は何になるべきなのか?

そう。やる気スイッチを押してくれる先生にならないといけない。

 

そこまでやる義理はない?

そうか。家事の大変さを伝えたいっていうのはその程度のことなのか。

愚痴を吐ければそれでいいのね。そうなのであればこの記事は余計なお世話だった。申し訳ない忘れてくれ。

 

完訳 7つの習慣 人格主義の回復

完訳 7つの習慣 人格主義の回復

 

 

 

2500年分の問答

 最近、7つの習慣を読んでなんとなく「これ哲学っぽいなぁ」と思ったので、哲学の本を読み始めた。

まぁ、マンガでわかる!とか入門!とかそんなのばっかりだけどw

だってよー原本はマジで意味分かんないんだもんw アレこそまさに日本語でおkだわ。

 

 で、やっぱり今の時代には哲学が必要なんだなと確信した。日本…だけじゃないかもしれないけど、今の時代に必要なのは哲学だ。間違いない。

そして7つの習慣と言う本は、哲学をどのように習慣として日常生活の中に埋め込み、自身を変えていけるかそのためには何をしたら良いのか、というハウツー本なんだなと感じた。

 

 ニーチェ孔子も、今の時代の話をしているようにしか聞こえない。それくらい人間の根本って変わっていないし、答えの出ない問いを延々と考え続けなんとか答えを出してくれた先人の知恵は今の時代でも十分役に立つ。

 

 目先の利益や、小手先のテクニックばかりを追求してきた結果忘れてしまったいちばん大切な人間としての基礎中の基礎。それが哲学だ。

仕事も人間関係も鬱も炎上案件も、きっと哲学から多くのヒントを得られるはずだ。

 

 ということで誰か哲学Youtuberとかにならん?

 

ツァラトゥストラはかく語りき (まんが学術文庫)

ツァラトゥストラはかく語りき (まんが学術文庫)

 

 

嫌な上司からとりあえず逃げ出して2週間経った話

 嫌な上司居ますよね。もう顔も見たくない。明日仕事に行くとまたあの上司と顔を合わせて一緒に仕事しないといけないのかぁ…憂鬱だなぁ死にたいなぁ。なんて思うこと多々あるんじゃないでしょうか。ありますよね?

自分はそれで仕事を投げ出してきましたw そいつ自体がもう自分の中では処理しきれないレベルに達し、またそいつのせいで自分の仕事がどこまでも膨れ上がっていて体調も崩したので「あこりゃもうダメだ」と思って辞めました。

死ねればいいのですが人間案外なかなか死なないので、そこまで行ったら辞めるなり休むなりしていいと思います。というかしてください。自分の場合、休ませてもらうという手もあったんだろうと思うのですが、そいつとあと35年、定年が長引けば40年、一緒に仕事するのは無理だと思ったので、会社にも仕事にも何の恨みもありませんでしたが辞める方を選択しました。あ、次期社長なんですよそいつ。逃げ場ないでしょ?

それなりの規模の会社なら転属や移動や昇進があります。そもそも意図的に同じ人間と長期間一緒に働かないように動かしているのが普通なので、普通の会社にお勤めの方は辞めずに休んだり異動してもらったりしてもらいましょう。

一応一つだけ言っときますが、逃げるのなら後のことを決めてから逃げましょう。自分は一応1年ほど悩み、次の仕事はこういうことをしよう、ここを受けようと決め、最悪どこにも受からなかったらネットショップ開こう、お金も貯めたし。と言う状態にして辞めました。貯金も頑張れば2年くらい無職で生きていけるくらい貯めました。そして、最悪それくらい無職のままでもいいや、という覚悟も決めました。あまりいいことではないですがw

 

 

 で、今まで何をしてたかと言うととりあえず休養です。最悪の状態のときは体が本当にだるかったので。仕事してた頃は平日も土日も病人かよってくらい寝てましたし。まぁそれでも1週間くらい休めば割と戻ってきます。辞める最後の1週間くらいはもう割と回復してましたし。

もともと応募すると決めていた求人に応募して、面接も決まったのですがちょっと面接日まで日が空いているので、今まで仕事と自己回復や自己維持で頭がいっぱいいっぱいになっていて何も出来ていなかったので、ちょっと改めて自分を見直したりしてみました。

まずは普段やらない神頼みw 弥彦神社へ行って、「色々うまくいきますように」とお願いしてきましたw 平日で全然人も居ないので、ゆっくりとパワーを頂いてきました。

子供の頃によく行っていた県立自然科学館へも行ってきました。20年ぶりくらいです。土日は子供がわんさか居てオッサン一人が入っていける雰囲気ではないのでw まぁこちらはちとがっかりでした。子供の頃はあんなに楽しかったのになぁ。あれ?こんなにつまんなかったっけ?と思ってしまうのは色々知識を付けたからですかね。

土日は激混みのピア万代も行ってきました。人気寿司店弁慶で寿司食べてカフェラテ飲んでまったりです。本当に久しぶりに「俺休んでる~」って感じでした。ストレスフリーって素晴らしい。

図書館も行きました。こちらも20年ぶりくらいです。が、今まで利用してなかったことを若干後悔です。図書館すごく良いです。自分は今まで読書と言えばラノベやら娯楽小説とかしか読まなかったんですけど、哲学の本とか翡翠の本とか孔子の本とかビジネス書とか色々読みました。ペラペラとw 買うってなるとちょっと躊躇うけど読んではみたいなぁ、っていう本を読めるってのはすごく良いことです。視野を広げられます。まぁ今までそんな余裕がなかったってのもあるんでしょうが。日常生活の中で本を読む習慣はやっぱりちゃんと持ったほうが良いですね。

で、超訳ニーチェの言葉、7つの習慣を借りてきました。ニーチェの言葉はいい本だなぁと思ったんですが、アマゾンレビューではただの自己啓発本だーとか、こんなの全くニーチェではないと言われていて草ですw 確かになんとなく妙な違和感はありましたけどニーチェをあまり良く知らなかったのでねw 取っ掛かりにはいい本だと思います。ただそこからニーチェにダイブするのもなかなか難しいので、自分は講談社まんが学術文庫のツァラトゥストラはかく語りきを買ってきました。これ子供に読ませたい。子供居ないけどw

7つの習慣は、応募した先の社長さんがおすすめしていたので借りてきました。なかなか読み進めるのに時間がかかってるんですが、この本は良い本です。というか、全人類は一度コレを読んだほうが良いと思うレベルの本です。自分の場合、自分の人生全然うまくいかないな、と思って生きてきて、どうすることも出来ずにもう30超えてしまって、その上この歳で仕事投げ出しちゃうようなクソ人間ですが、この本で自分の人生がうまくいかない理由をはっきりと認識することが出来ました。それをなんとかしていくのはこれからの話しですが、もっともっと若い頃にコレを読んでいれば確実に人生が違っていただろう、というくらい衝撃の本です。

あとは英語の勉強をしています。中学英語からw 自分は英語が本当に苦手で、というか当時英語をどうやって勉強していけば良いのか全くわからなかったおかげで、わからないまま高校を卒業してしまい、英語は本当にちんぷんかんぷんなんです。中学時代からずーっと英語は赤点でした。今なら英語の勉強は単語を覚えることと、文法を覚えて文章を読む、作成する、ってわかりますが当時は本当にそれがわからなかった。よほどバカだったようです。ということで中学英語を基礎から学んでいます。リスニングは割と前からニュースなりゲームなり、誰かが喋っている英語を意識的に聞くようにしていたら割と聞こえてくるようになったのですが、意味がぜんぜんわからないんですねw で、それが悔しいので英語の勉強を始めたってのもあります。

そうそう。スノーボードもはじめました。と言ってもまだ数回しか行ってませんが。小さい頃からスノボキッズというゲームが好きで、それきっかけでスノボのゲームは色々やってきました。Wiiのワールドスキー&スノーボードなんて最高のゲームだと思います。ただ、そうやってスノボゲー好きなのにスノボどころかスキーですら一度もやったことがなかったんです。友達もいませんしね。ということでおっさんが一人ではじめてのスノボです。ようやくターンらしきものが出来るようになったレベルですが、普通にスムーズに滑れるようになるくらいまでは上達したいんです。カービングターンだのトリックだのパークだのは今の所特に興味はないですけど、無職でいる間に華麗にターンを決められるようにはするつもりです。いや、します。

 

 

 と、言うような感じで案外、というかなんか久しぶりに割と充実した心穏やかな日々を過ごしております。

自分はやりたいことがないです。得意なこと、特技や長所も自分にはないです。なので、今更ですがそれを見つけようと思っています。

なのでとりあえず、興味のあること、やってみたかったけどやれていなかったことを今のうちに片っ端からやっていこうと思っています。

そこからなにか見つけられるかもしれないし、見つけられないかもしれない。でも、今まで何もしてこなかったから見つけられなかったので、これからは色々と動いていかない溶けないんだなと思っています。

そして、できればそれをベースにした生活を組みたいです。つまり、仕事で忙しかったり仕事のことで頭いっぱいになって、自分のやりたいことに時間を割けない、というような状況や心理状態にはしたくないので、そうならない仕事を選びます。

応募した仕事は必ずしもそうならない仕事ではないのですが、応募した仕事も自分がやりたかった、携わりたかったことの一つなので、それもある意味で自分のやりたいことを探すための就職でもあるというわけです。

 

 ま。冬でなければバイクで長野や福島や静岡や大坂や福岡や香川や色々と行ってみたいところがいっぱいあったのですが、冬なのでしょうがないですね。それはまたの機会にしましょう。

 

 

 

 そんな2週間でした。今思うと辞めて本当に正解だったなと思います。ただ、辞めたい上、きちんと前に進み自己を確定し自分の人生を前に進めて行かなければな、と思っています。そのためにも、この期間に7つの習慣に出会えたことは本当に良かったなと思っています。

7つの習慣。これはもはや聖書w

 

まんがでわかる 7つの習慣

まんがでわかる 7つの習慣

 

 

スイスポZC33Sで雪道イケるで!

ds-12.hatenablog.com

 これ前回のスタッドレス買ったときの記事ね。タイヤサイズは195/50R16へインチダウンしています。

銘柄はブリジストンのVRX2。もとは前アイスパートナーをDEデミオに装着して乗っていました。

ってか今年あまりに雪ふらないからわざわざスキー場まで行ってきたわよw

 

 結論から言うと

スイスポ雪道でも大丈夫

です。

まぁスキー場に86居たからね。うん、大丈夫だよw

 

 ただ、あくまで車がそれなりに通り、除雪もされる道、という条件付きです。

というか、そこ以外を走る人は4駆必須です。言わなくてももう承知だと思うのですが。

 

 個人的には初の最上級スタッドレスだったのでどれだけ効くのかワクワクしてたんですが、想像を超えては来ませんでした。うんまぁスタッドレスってやっぱりこんなもんだよね、といったところ。

スタッドレスとはいえ、ノーマルタイヤに比べて滑りにくいけど結局は滑る、って言うのは当然理解した上で、限界値が結構高くなるんじゃないかなと思ったんですが、たしかに高くはなってますが”僅かに”という感じでした。

発進時はアイスパートナーは「こいつは本当にスタッドレスなのか…」と疑問に思うレベルで滑りまくってましたが、VRX2はなかなか安心した発進をしてくれます。まぁATからMTになってるってのも大きく関わっているとは思いますが。

逆に、走行中はなんとなく弱い感じがします。真っすぐ走っていてもわずかに轍にタイヤを引っ掛ける程度で車体が回転しようとします。まぁこれはスイスポにしたから、というところも大きく関わってそうな気もしますが。

タイヤ自体がやわらかすぎるので、次回はダンロップのウィンターマックスにしようと思ってます。

 

 車の方はと言えば、スイスポだから雪道が危ないとか走りづらいということはないと思います。ごくごく普通のFF車という操作感と挙動です。雪道でターボ効かせるまでアクセル踏むようなバカは居ないだろうし。

もともとスイスポ自体が、ゆったり踏んでやればゆったり反応してくれる性質も持っているので、いつも雪道を走る要領でいつもと同じように気をつけてやれば全く問題はありません。

最低地上高も普通通り除雪してある道や、駐車場程度なら問題なしです。こいつで走行に支障をきたすようであれば、145mm最低地上高がある他社のコンパクトカーだってまともには走れません。そんな誰も通らない除雪もされないような道は避けるか、生活上避けられない場合は4駆が必須になりますが、そんな方々は言われなくても知っているでしょう。

 

 ということで、スイスポが良くも悪くもスポーツカーではなくスポーティーカーであるということがよくわかったんじゃないでしょうか。

普通に使えば他の車と変わらない。でもちょっとしたやんちゃにもちゃんと応えてくれる、元気な車欲しいけどガチ車は流石に…という方には本当にぴったりな車です。

 

 

ただなぁ…騒音とかビビリとか、やっぱりスズキの車だなぁと思うところがちょっと不満ではあるw

 

トミカ No.109 スズキ スイフトスポーツ (箱)

トミカ No.109 スズキ スイフトスポーツ (箱)

 

 

結婚できない理由は幸せな家庭で育って居ないから

b.hatena.ne.jp

ここのコメントを見て思ったが、自分自身も自分の人生も、世間一般で言われる所謂”普通”の人生とはかすりもしない人生だったんだなと改めて気付かされた。

 

結婚というものに対して、リスクが有るからしないとか、子供を育てるなんてーとか色々あるけど、そもそも自分にはその選択肢を持つことすら出来ない。

結婚をいいもと思わないのは、リスクがどうだの周りが言う話で夢が壊れたとかそんな成人後の話ではない。幼少時代から両親、つまり自分の過程が幸せなものだと思えていないから結婚が良いものだと思えない。良い家庭、幸せな家庭というものをそもそも俺たちは知らないのである。

 

その乖離、二極化がひどいなと思った。まぁ、良いか悪いかのどちらかにしかならないから当然か。

しかし、逆に言えばこの2つの価値観を持った人間がかならずいる、ということに気が付かないのか見ようとしないのか、幸せ派の盲目っぷりは正直少々イラつく。

 

なぜ、あなたは結婚できないのかー医者が教える幸せな結婚

なぜ、あなたは結婚できないのかー医者が教える幸せな結婚